ちゃお井上拓生編集長①「ちゃおは例えるならディズニーランド」
「編集長の部屋」コーナー記念すべき10人目は、2002年に少女誌売上トップに上り詰め、以降少女誌トップ、漫画雑誌全体でもトップ10に少女誌で唯一ランクインし続ける(※)少女誌の女王『ちゃお』の編集長、井上拓生さんからお話をうかがいます。※日本雑誌協会調べ
(肩書は取材当時。井上編集長は、2016年にsho-comiの編集長になられました。)
僕はまっさらな新雪を歩くのが好きなんです
-まず井上さんご自身のお話をお聞かせください。
小学館に入社する前、別の出版社に1年半ほど勤めていました。
そこの会社にはマンガ誌が無く、どうしてもマンガの編集がしたく、当時『スピリッツ』を愛読していたので、青年誌志望で小学館に入社したんですが、配属先は少女誌でした。それからずっと少女・女性向けマンガ編集部です。最初は『別冊少女コミック』(現在ベツコミ、以降別コミ)、次は『少女コミック』(現在Sho-Comi)、その次は休刊してしまいましたが女性誌の『Judy』、そして『ちゃお』を担当してきました。『ちゃお』(以降『』省略)は2000年からなのでもう16年目です。2011年から編集長になりました。それまでの雑誌の配属期間は1年半とか2年くらいですね。
-ご自身が担当された中で、印象に残る作家さんはいますか?
僕が直接担当したわけではないのですが、最初に配属された別コミには、田村由美さん、吉田秋生さん、渡辺多恵子さん、相原実貴さん、おおや和美さん、和泉かねよしさん、芦原妃名子さんなど錚々たる作家さんがいました。少女マンガという枠にとらわれない表現者として尊敬できる作家のいる雑誌の編集部に最初に関われたのは大きかったですね。
加えて先輩編集者、編集部全体の、ものづくりに対する姿勢に育てられたと思います。こんな楽しい職場があるのかっていうぐらい、ものすごく楽しく刺激的な毎日でした。若手の作家と一緒に成長していく楽しさを知ったのも大きな経験でしたね。
-井上さんにとって編集の仕事というのはなんですか?
編集論ってすごく難しくて、いわゆる天才編集者で有名な人にはみんな当然憧れるし、仕事の仕方も参考にしたりしますけど、編集って人の数だけプレースタイルがあると思うんです。例えば、イチローのバッティングフォームが打者の正解だとしたら、みんながあのフォームにならなきゃいけないじゃないですか。でもみんな自分に合った打撃のフォームでやっているということは結局そういうことなんじゃないでしょうか。
編集者に関していえば、例えば相手の良さをひたすら引き出して付き合っていくタイプの編集や、作家のポテンシャルの中で本人が気づいていないような何かを見つけていく編集。こういう企画があって面白いからやろうよ!って巻き込んでいく編集がいて、編集の仕事って語り出したらきりがないし、それぞれの人に合った仕事の正解があるような気がしますね。しょせん人間同士の仕事ですから、編集者と作家の組み合わせだけ、相性も含めた化学反応があるのが編集の仕事の奥深いところです。
-ご自身が経験した作品で記憶に残っているものはありますか?
ちゃおで言えば、今井康絵先生の『シンデレラコレクション』は読者に大人気のナルミヤのジュニアブランドとコラボレーションしたマンガなんですが、マンガを盛りあげるために先方と企画交渉したり、漫画以外の企画とマンガをコラボレーションすることによってマンガの楽しさを広げていくことは、編集の仕事としてとても醍醐味がありました。
ちゃおという小学生向けの色んな企画やテーマを幅広く扱っている雑誌を編集しているからこそ気付くことがあって、この作家とこのテーマをかけ合わせたらどうなるかって考えるのは楽しかったですね。
当然、作家さんが面白がってくれるかが一番大切なんですけど、もりちかこ先生の『ララナギはりけ~ん』でバレーボールをモチーフにスポ根とギャグ要素をかけ合わせたり、他にも和央明先生の『特攻サヤカ』シリーズでヤンキーものをやったり、『姫ギャル♥パラダイス』でギャルものをしたり。作家さんと打ち合わせでお互いアイデアを出し合いながら、ちゃおのマンガの中でどれぐらい目立てるかをずっと考えていた気がします。
マンガの編集者も色々いて、連載を立ち上げるのが上手い人や、今ある連載を引き継いでさらに盛り上げていくのが上手い人、どちらも上手い人もいる中、僕はまっさらな新雪を歩くのが好きだから連載を立ち上げる時がとても楽しかったです。
ちゃおは例えるならディズニーランド
-編集長としての話に移ります。ちゃおの特色やコンセプトはありますか?
基本的にちゃおはオリジナルのマンガ誌です。オリジナルのマンガを作ることが一番大切で、その作品を映像化やグッズ化などで多方面に最大化していくビジネスでもあるんですが、一方で『月刊コロコロコミック』のように玩具発・ゲーム発のホビーマンガ的なものがあったり、記事やふろくもあったり、更に「ちゃおサマーフェスティバル」や「ちゃおツアー」というイベントを開催して、サイン会や玩具・ゲームの展示をしたりしています。その圧倒的な間口の広さが、他のマンガ誌と大きく違う所です。
ちゃお1月号ふろく 『ATM型貯金箱』
(話題になった『究極まんが家セット』『スプレーペンセット』に続き、前衛的なふろくを出し続けている)
マンガを核にしながら、読者との様々なタッチポイントを作っていく総合エンターテイメントというのがちゃおの特色なんです。ちゃおのコンセプトは読者が興味を持っていること、全て埋め込もうということでやっているので、マンガを中心に小学生女子の興味を全て網羅している雑誌が僕の理想ですね。
例えば遊園地でいうと世界最速のジェットコースターがあるだとか、世界で一番大きな観覧車がありますだとか、ひとつひとつのアトラクションがとても魅力的なのが普通のマンガ誌だとすると、ちゃおの場合はディズニーランドみたいに、アトラクションがありつつ、パレードがあって、プロジェクションマッピングがあって、買いものも楽しい。
ちゃおのイベントは、編集者が作家と一緒にマンガ講座を開いたり、クイズ大会の司会をやったりします。
ディズニーランドのキャストがただ掃除をするだけじゃなくて、絵を描いてお客さんを楽しませるってところも似ているんですよね。ちゃおは全身全霊をかけた総合エンターテインメントなんです。
子供ってとてつもないエネルギーを持つ存在で、そのエネルギーの塊に僕らがどれくらいぶつかっていけるかってところがちゃおという雑誌を支えるとても大きな柱になっています。
それは編集だけに限ったことでは無く、もちろんマンガを描いてもらうことが一番大切な仕事ではあるけれど、同時に読者と同じ目線で触れ合って一緒に盛り上げてもらえる気質も作家にとって重要なことなんです。子供たちにとってマンガ以外の多くの楽しみがある中で、マンガの楽しさをあらゆる手段を使って、子供たちに伝えたい。というのがちゃおの大切なミッションですから。
-ここ10年ほどマンガ雑誌売上ベスト10にちゃおが唯一女性系の雑誌でランクインしている要因は何だと思いますか?総合エンターテイメントにすることによって他の雑誌と差別化し、これが結果につながっているのでしょうか?
今って僕らが子供のころに比べてマンガに対する飢餓感が薄れていると思うんです。マンガは楽しみの中の1つではあるけれど、それが全てではなくなっていて。僕らのころはマンガを皆が読みたがっていた記憶があるんです。いまだに僕なんか当時、マンガを買ってもらえなくて読めなかった飢餓感で仕事しているくらいマンガを読みたかったんですよ。だから、ちゃおでマンガの楽しさを知ってほしいという思いが強くあります。
ちゃおのマンガに、いわゆる人間関係を主軸とした王道の少女マンガ。今だと『12歳。』があります。他にも強めの引きでドライブ感の強いラブストーリー『終わる世界でキミに恋する』。キャラクター色の強い『プリプリちぃちゃん!!』。他にも探偵もの、ファンタジー、ギャグ、ホラーや動物ものだったり、他の少女マンガ雑誌と比べてジャンルを広めにしてマンガを提供しています。当然ちゃおを離れた後、少年マンガに移る子もいるだろうし、そこでマンガをやめてしまう子もいるかもしれないけれど、マンガという表現の可能性がいかに広いかを、いろいろなジャンルのマンガを提供することで読者に知ってもらうことも僕が編集をしている上で心掛けている大きなことです。
そしてマンガの世界の話とは別になりますが、昨今雑誌離れが進んでいて、雑誌というエンターテインメントから離れてしまっている子に向けて、ビックリ箱のような猥雑さを含めた雑誌の楽しさを知らしめたいという気持ちもあります。例えちゃおを離れても、いつか雑誌の世界に戻ってきてもらえるように、雑誌というメディアの面白さはなんとなく心の底にあって欲しいんです。そのために記事やふろく、ホビー要素にも僕らは力を入れています。それらの試みが受けて、ランキングの結果につながっているんだとうれしいですね。
【編集長の部屋10】ちゃお井上拓生編集長②「申し訳ないけど、不平等な競争ではあります」へ続く
インタビュー・ライティング:トキワ荘プロジェクト 菊池、福間、大橋
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