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編集長の部屋
2014年9月1日

【編集長の部屋3】ビッグコミックスペリオール菊池一編集長②「99人を捨ててでも1人を救うのがフィクションの仕事」

「編集長の部屋」コーナー3人目は、ビッグコミックスペリオール(以降スペリオール)編集長、菊池一(はじめ)さんです。スペリオールさんは、トキワ荘PJとしては一番古いお付き合いの編集部さんで、聞き手の菊池も創刊から読んでいたりして、気合を入れて進めたいと思います。

 

99人を捨ててでも1人を救うのがフィクションの仕事

―スペリオールは、今どんな雑誌を目指していますか?

スペリオールは現状おっさん雑誌と申しますか、マイナーでマンガ界の「東ヨーロッパ」のような立ち位置だと思います(笑)でも、そういったおっさん雑誌枠のような、年齢で区切るようなことは外して考えて行きたいと思っています。「読者層を若返らせる」というよりは「読者年齢という考え方を排除する」つもりです。現在の市場を考えた時に、読者の年齢で区切るという考え方は、もはや有効ではないと思います。もちろんスペリオールはある程度「大人向け」の雑誌ではあり続けると思いますが、「特におっさんに向けて」作品を作るつもりはありません。

昔、ある漫画家さんと富士の樹海に取材に行ったのです。すると、木からロープがぶら下がっていたり、野宿した痕跡があったり、自殺志願者の跡があるわけです。良く見ると、放置されている遺品の中にほぼ必ずマンガがあるのです。何か犯罪があった時に、犯人の部屋から漫画やアニメが出てきたりすることもありますよね。マンガというものは、そういった自殺や犯罪にまで追い込まれそうになった弱者の方たちにも、最後まで寄り添う事が出来るメディアなのではないか、と言われます。そして、そこが漫画のもっとも凄いところだと考えています。もちろん、犯罪を助長するようなことは断じて戒めないといけないと考えていますが、人の生き死にや、生きる希望を与えたり、息抜きとなったり、「人に寄り添えること」が目指す所かと思います。

物語の持つ力はとても強いものだと思います。個人的な話ですが、学生時代、好きな女性にこっぴどくフラれた時に、柳沢きみお先生のマンガを読んで救われたことがあるんですね。それで気を取り直して就職活動を始め、今の会社に就職したのですが、物語にはそういう力があると思っていて、大事にしていきたいと思います。1人を切り捨てて99人を救うのが政治の仕事だとするなら、99人を捨ててでも1人を救うのがフィクションの仕事だと思います。そういう雑誌にしたいです。

―スペリオールには、どんな新人に来てほしいですか?

今までにないマンガ、今までにない表現を欲しいと思っているので、今ここで明確に何かと言うことは明言できないというか、逆に、スペリオールに合わせて何かと言うことはないですね。むしろ次世代のスペリオールを作って欲しいと思っています。

先ほど申し上げた通り「東ヨーロッパ」を脱したいと考えているので、そういうフロンティアに連れて行ってくれるような作品を待っています(笑)。本当に変わりたいと思っています。よく、作家さんは風で、雑誌は船だと言われますが、これが東に向かってでも北でも良いし、どこに着くか判らないくらい、とにかく新しい風が欲しいです。

―トキワ荘PJに来る新人でも、「今までにない作品を作りたい」という人は多いのですが、「今までにない」という言葉に拘り過ぎて、今までの作品を見過ぎて、返って上手くいかなかったりすることが多いと感じています。

ヤンマガに『ビー・バップ・ハイスクール』が出た時、今までのヤンキーマンガに比べて、決定的に生々しい作品が出てきたと感じました。『行け!稲中卓球部』古谷実さんの時も、決定的に新しくて、その生々しさが鮮烈な印象として残っています。『AKIRA』の大友さんもそうでした。同じジャンルでも、生々しさという点で一皮むけているというか、今のマンガ世界をもう一段階、生々しくしてくれる才能を探しています。現状の世界のトップになるというより、その世界ごと作り変えてしまうようなものを目指して、来て欲しいと思っています。

当たり前ですが、最初から連載を目指して来て欲しいとも思っています。才能があっても、連載を目指さずに来てしまう人もいます。今成功しているある漫画家さんで、新人時代に毎週一本ネームを持ってくる人がいました。当初はそれほど才能があるとは思っていなかったのですが(笑)、あれよあれよという間にブレイクしました。今思うと、その方は「努力する才能」が突出していたのだと思います。実は、そういう「努力できる才能」を持っているかどうかが、プロになるためには非常に大切な要素なのだと思います。

―現在、新人賞が2ルートあると思いますが、この2つに違いはありますか?

小学館コミック全体の「新人コミック大賞」から来ても、スペリオール独自の「新人コミックオーディション」から来ても、特に区別はしていません。ただ、新人コミックオーディションに応募して来てくれれば、スペリオールで確実に担当者が付きます。新人コミックオーディションは、3年前に、「自前のスターを育てたい」という思いがあり開始しました。とにかく、まだまだ少ない新人の連載スタートを増やしたいです。次の〆切は8月末になります。

―当時、新人コミックオーディション第1回の際は、トキワ荘プロジェクトと合同でイベントなども行いましたね。菊池編集長個人の感想として、隔週誌と週刊誌に違いはありますか?

ヤングサンデーは、所属中に隔週誌から週刊誌になりましたね。隔週誌は、比較的月刊誌に近いですね。週刊誌は1週間で消費されるので、スピード重視で作っていきますが、隔週誌は一つ一つの作品をきっちり作っていくという印象です。ただ、現在の週刊誌はコミックスを重視しているので、休載をするなどして事実上週刊で描いてない人も増えて来て、完成度を高めるようになっています。隔週誌とあまり変わらないようになってきていると思います。自分としては、前にいたスピリッツと現在のスペリオールでは、「西ヨーロッパ」と「東ヨーロッパ」くらいの違いはあるかなと(笑)

*スペリオール9/12号表紙、スティーブジョブズから時代劇にガンダムまで、多彩なラインナップ

同時代性を取り戻して、青年誌らしい青年誌にしてゆきたいです。

―スペリオールでは、読切や連載をどのように決めていますか。

読切は、ネームを見せてもらう「編集長プレゼン」を担当編集者からしてもらい、基本的に私が担当編集者と話し合って決めています。連載に関しては、同じく「編集長プレゼン」を受け、2人の副編集長と私で検討をして決めています。編集会議は毎週していますが、掲載については定期的な会議上ではなく、不定期に随時検討しています。

編集長としての自分の意思を強く押し通すというよりは、担当編集者に良く話を聞いて、どれ位その作品を載せたいのか。その後、単行本化して作り切るところまでいけるかなど、良く話を聞いています。自分がピンと来なかったとしても、担当以外の若い編集の意見を聞くなどして、新しいものをどんどん載せて行きたいと考えているからです。割と担当編集者から上がって来るものを取り入れるタイプの編集長だと思います。現場の担当編集者が「お前はジジイなんだから黙ってろ!」位言ってくれるような、どうしてもやりたい作品があれば、載せたいと思っています。まだそういう話はないですが(笑)

-それは残念です(笑)

先に挙げた、雑誌に新しい風を巻き起こすような作品は、編集長が押したというよりは、担当編集者からの強いプッシュで掲載に至っているものが多いと聞いていて、そういうものがあればどんどん載せてチャレンジしたいというスタンスです。

スペリオールは、まだまだ新人を載せる余地がありますので、とにかく沢山上がって来て欲しいと思います。現状では、ベテラン作家さんの割合が多いですが、これは新人の層がまだまだ薄いからです。ですが、受賞者に対する連載獲得の比率は高い雑誌だと思います。新人に大きく門戸を開いていますので、新人にとってはチャンスのある雑誌だと思います。新人増刊を用意していないので、いきなり本誌に新人が掲載できるチャンスが高い雑誌ということも言えるかと思います。

―読者層はいかがですか?

およそ20代後半~40代くらいです。ただ、現在は、若い年齢層のアンケートを取って、なるべく若い方にも読んでもらえるように意識しています。

―スペリオールの雑誌としてのコンセプトはありますか?

今、青年誌全体が苦しいのは、青年誌が青年誌らしさを失ってきているからだと思います。「今 読者の欲望はどこにあるのか」「時代の欠落感は何なのか」・・・一言で言えば「同時代性」ということになると思いますが、そういうことが私自身は青年誌の生命線だと考えています。ですが、今の青年漫画誌はどちらかというと「漫画のための漫画」「物語のための物語」作りに傾いているような気がします。もう一度、同時代性を取り戻し、青年誌らしい青年誌にして行けたら、と思います。目標は「青年誌の復権」です。

今はとても生きづらい時代ですが、読んだら、その生きづらさが少し軽くなったり、明日から頑張ろうと思ったりする、そんな雑誌を目指したいと考えています。先ほど述べた「人に寄り添う」というのは、自分の中ではそういう意味です。

―編集部の構成や指導方針は?

編集部員はベテラン中心ですが、今年、新入社員が一人入りました。編集にとって最も勉強になるのは、凄い作家さんと付き合うことだと思います。日ごろ、力のある漫画家さんとなるべく会うという事がスポーツ選手でいう「走り込み」にあたると考えています。ですので、なるべく自分が凄いと思う作家に会いに行くよう、新入社員をはじめ編集部員には言っています。

私自身に関して言えば、今まで若い作家さんに話してきたことは、殆どがベテランの作家さんから聞いたことの受け売りですね(笑)。私はただのサラリーマンですので、自分自身が凄い、なんてことはありえません。ベテランの漫画家さんから教わった漫画論や作り方のヒントを、若い漫画家さんに伝えていく・・・できるのは、そういったことくらいじゃないでしょうか。

―一般に、凄い作家さんから薫陶を受けられた編集者さん、受けられなかった編集者さんはいるものですか?

青年誌の編集者の場合、そういった薫陶を受ける機会がない人と言うのは、10年もいればあまりいないのではないかなと思います。受けてない人は、外に出されてしまうかなと思います。

【編集長の部屋3】ビッグコミックスペリオール菊池一編集長③「作家は誰よりも感動する人生を歩むべきだし、悲しい人生を歩むべきだし、怒りに満ちた人生を歩むべきだ。」へ続く

 

インタビュー・ライティング:トキワ荘プロジェクト 菊池、番野

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