週刊少年ジャンプ中野博之編集長③「編集者は作家の敵になれないと、ヒット作は作れない」
第13回目を迎えた今回の「編集長の部屋」は、『週刊少年ジャンプ』の中野博之編集長!今年の6月に就任されたばかりの中野編集長に、『週刊少年ジャンプ』のこれまでとこれからをじっくり伺いました。
編集者は作家の敵になれないと、ヒット作は作れない
-漫画家と編集者の関係を、どう捉えていらっしゃいますか?
一番分かりやすいのはマネージャーでしょうか。スケジュール管理して、仕事の質とかを口出しして。他にも親だったり、お兄さんだったり、時には敵になることもあります。理想的なのは、時々によって色々な役割になれることですね。作家さんが本当につらいときは親のように支えにならないといけないですし、人生経験という意味では上司だったり、兄貴だったりという部分もあるだろうし。
作家さんが若手の時はお金がないので、ごはんをご馳走したり、差し入れを持って行ったり、連載が決まると引っ越しのために不動産業者にも一緒に行きました。保証人にはさすがになりませんが、漫画家さんというだけで嫌がる不動産屋さんもいるので、専属契約書を持って行って、自分の名刺を出して、ちゃんと大丈夫ですよ、と説明しましたね。だから不動産には詳しくなりましたよ。まずはコンセントの位置や数を見ますね。ここに机を置くと位置が悪すぎる、とか。あとはゴミ捨て場。みんな内覧の時はゴミ捨て場を見ないんですよ。けど作家さんって昼夜逆転とかするので、ゴミがいつでも出せるかどうかは大事です。
-そこまでやるんですね!
作品のクオリティという点では、敵じゃないと作品の質が上がっていかないところはあるので、そういう意味では敵にちゃんとなれるかどうかが一番大切かもしれません。正直なところ、自分の担当している漫画は作家さんと一緒に作ってしまっているので、どの漫画も本当に面白いと思っているんです。そこで、編集者として一歩引いて見れるかどうか。すごく盛り上がって作ったとしても、ふと距離を置いてみて「これ、人気取れないかもね」と気付いたらボツに出来ないといけません。作家さんからしたら「一緒に作ったのにボツにするのかよ!この漫画の面白さちゃんとわかってるの?」みたいなのはあると思うので、そこを乗り超える信頼関係は大事ですよね。
-確かに、その線引きは難しそうです。
ジャンプグループには17年いますが、ヒット作を作りたいと一番強く思っているのは、ジャンプの編集者だと思います。それはなぜかというと難しいのですが、そういう文化なんですよね。「ヒット作を作らずんば人にあらず」みたいな。ヒット作を作ったからと言って、自分の給与が上がるわけでもないのですが、作家さんとずっと二人三脚してきているので、それが実ったときは本当に嬉しいんですよ。きっと、この世で一番嬉しいくらいです。そういう先輩たちの様子を見て、後輩の編集たちも人生で一度は味わってみたいと思っているんだと思います。その分、本当に人生をかけて漫画家さんと付き合うつもりなので、嫌なこと、厳しいことを言われることは多いかもしれません。
-ヒット作を作りたいと一番思っているという、何か具体的なエピソードはありますか?
これは笑い話なのですが、前に編集部内で「ドラゴンボール並のヒットが出せるなら寿命を何年出す?」みたいな話はしたことがあります。結構難しいんです、これ。回答は人によって違いましたが、多いヤツは10年とか言ってましたね。「でもお前、それですぐ死んじゃうかもしれないよ」とか、「それでも1年は出すよね」とか。一方で、逆に出したくないっていう人もいました。自分がもし永遠にそれくらいのヒット作を出せないと分かっているなら寿命を出すけど、そうとは限らない。まだ自分は自力でヒット作を出す可能性があると思っているから、寿命は出さないね、という。
-その発想で議論されるところが、ジャンプっぽいですね。
そんなことあるわけないんですけどね。悪魔がやってきて、なんて。最終的には、何を真剣に俺たちは話しているんだ、となりましたけど(笑)
編集長の言うことなんて、みんな聞いていませんでした(笑)
-編集者同士で、編集論みたいなことはよく話すんですか?
話しますよ。まだまだ、飲みに行くぞ、という文化ですからね。ジャンプは班で動くので、班で飲みに行くことも多いですね。校了をその班で担当していくので、担当の号の校了が終わる度に、飲みに行くことが多いと思います。
-班と言えば、どの班長の下で育ったのか、という系譜のようなものもあるイメージがあります。
少しあるかもしれませんね。班は毎年変わるので、どこまでというのはありますが、新連載を始めたいとか、読み切りを載せたいとなると、まずはネームを班長に提出するので、影響は大きく受けると思います。実際、班長の段階で落ちる作品があります。通ったら上に回して検討するのですが、その結果や講評も班長が1対1で担当編集に腹を割って話します。「俺はここは良かったと思うけど、ここはダメだと思う」、「上はこういう判断で、編集長はこう考えたんだと思う」、「お前の戦略はこうだったけど、こう作っていかないといけなかったと思うよ」といった現状から、「次はこうしたほうがいい」とか、「もうこれはボツにした方がいい」とか、ずっとアドバイスをします。若手編集者にとっては、班長が最初の壁になるので、班のカラーは班長で決まるかもしれないですね。
-班長の影響力は大きそうですね。
雑誌によっては編集長が決めている、というところもありますが、ジャンプは全員で決めていきます。だからそんなに編集長の権限ないですね(笑)。僕自身、ここからどうしていくのかというのは迷うところではありますが、前の編集長の瓶子のときはみんな瓶子の意見なんて聞いていなかったですね。瓶子だけが推していても、「いやいや分かってないですよ瓶子さん、ボツボツ!」みたいな(笑)編集長の意見より、会議の意見の方が強いんです。連載会議は班長以上でやるので、班長が5人いて、副編集長が4人いて、編集長がいて、と10人くらいでやっています。一人が強く推したら始める、ということもありますし、そういう流れは会議によって違いますね。
-連載会議というと、『バクマン。』を思い出します。
あれはかなり取材をしてくれたので、近い部分もあるんですけど、やっぱりフィクション的に面白くはなっていますね。『バクマン。』の中の連載会議は編集長がアリ・ナシと決めていましたが、ああいう厳粛な感じではないです。会議室を1日借りてやっていて、お昼の12時くらいから、長いと22時くらいになりますね。
©大場つぐみ、小畑健/集英社
-『バクマン。』ではアンケートの順位が物語の展開に大きく影響していましたよね。
映画だと順位が壁に張り出されていましたが、あんな外部の人も出入りするような場所に超企業秘密の情報を貼り出したりはしません(笑)。でも順位の速報、というのはあって、スタッフ間にはコピーした紙が配られます。自分の新連載を立ち上げたときは特に結果を見るのはドキドキしますよ。順位が良くなかったりなんかするとしばらく席にいたくないなって。1話目が8位くらいだかだとやばいですね。
-8位だとやっぱりやばいんですか。
1話目は5位以内は取りたいところですね。速報は本当に数字の積み重ねだけで、年齢層とかは加味されていないので、本当は速報に一喜一憂する必要はないんですけどね。速報で8位でも、ひょっとしたら15歳の子どもには1位だったりすることもあるかもしれません。そういう色んなアンケートの取り方をしていて、見方をしているので、一概に全ての票の全ての1位だけで判断しているわけではありません。ただ、結局はどの層を取っても順位が大きく変動することはあまりないですね。
自分の育てた新人作家がヒットするのが、人生で一番気持ちが良い
-編集者としてのやりがいとは、どういったところにあるのでしょうか。
自分の新人作家がヒットしたときの気持ち良さというのが、僕の中では人生で一番気持ち良い瞬間です。それは若手スタッフにも伝えていて、彼らにも味わってほしいと思っていますね。
自分の場合は新人作家ではありませんが、島袋先生の『トリコ』の立ち上げを担当していたときのことが強く印象に残っています。週刊少年ジャンプに久々にカムバックした作品で、いろんな思いが詰まった新連載でした。なんとか連載も順調で、コミックスは会社としても気合をいれて、1,2巻同時発売。部数もかなり大きな数字で挑みました。
-それはまた、すごいチャレンジですね。
もうかなり積みすぎというか、大丈夫かなという感じだったんですけど。『トリコ』発売初日に打ち合わせの帰りに書店によったら、どこにもなくて。「これはどっちだ!?」と。意を決して、店員さんに「今日トリコって漫画が発売日だったと思うんですけど…」って聞いたら、「人気ですぐ売り切れちゃったんですよね~」と言われて、帰りの電車では涙が止まりませんでした。即日重版で3倍ほどの部数になりました。もう、あんなに気持ち良いことはないですね。
©島袋光年/集英社
-それは忘れられないですね。
裏にある絶望や積み重ねがあってのその結果だったので、嬉し泣き、男泣きでした。こんな感情で涙が出ることがあるんだと思ったのを、強く記憶しています。作家さんはさらにだと思うんですよね。今まで自分だけが面白いと思っていたものが、これだけの人が面白いと思う瞬間というのは、人生においてもものすごく達成感があることだと思います。それを作家と一緒に味わいたい、という想いはありますね。それを一番味わうチャンスが大きい雑誌が、ジャンプだと思っています。
-ジャンプでヒットすると大きいでしょうね。
それを象徴するエピソードとして、別々の二人の作家さんに、同じようなことを言われたことがあります。どちらも新人から担当していた先生で、すごく貧乏だった時代も知っていて。170円のパンで1週間つないでいますよ、というくらいの人でした。そんな一人に、「中野さん、ついに僕、貯金が1億円になりました」と言われました。もう一人には、「中野さん僕、今年1億円プレイヤーでした」と。「170円のパンで食いつないでいたのに、2年後には1億円って過去の自分に教えてあげたいよね」と話しました。
-この金額のスケールがジャンプらしいですね。
この生々しい数字に釣られてたくさん志望者が来てほしいなって思います(笑)
ただ、もう親みたいなものなので。その作家さんに対して、ああ大丈夫だ、もう食べていける、と思えるのは本当に安心します。それに責任もあるわけです。僕が才能あるって言っていなければ、目指さずに、サラリーマンとしてしっかり働いてまともな人生を歩んでいたかもしれません。僕の甘い言葉によって引きずり込んでいるわけなので、その責任はどの作家さんに対しても感じています。もちろん最終的にはヒット作を作れなかった作家さんはたくさんいますが、例え他誌であってもちゃんと連載していると、自分が一緒に作れなかった悔しさはもちろんありますけど、安堵感、良かったなという想いもありますね。
インタビュー・ライティング:トキワ荘プロジェクト 菊池、福間、川原
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