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ノウハウ
2021年5月25日

【ジャンプSQ.】若手作家が聞く『マンガの極意!』星野桂先生×肘原えるぼ先生


人気漫画家に新人漫画家が突撃インタビューするジャンプSQ.人気企画「マンガの極意!」。 豊富な経験を培ってきた人気漫画家に対し新人漫画家ならではの視点や切り口によって、より漫画家目線に立った踏み込んだインタビュー内容となっております。今回は星野桂先生に対して肘原えるぼ先生が取材しました。
※本記事はジャンプSQ.編集部のご協力により、公式サイトの『マンガの極意』から転載しております。

《1》キャラクターに振り回されるネーム作り
《2》デジタル作業の利点
《3》『D.Gray-man』の核は千年伯爵
《4》緻密な背景はファンタジー作品に必須
《5》設定は全て頭の中!キャラクター制作手法
《6》魅力的な主人公を作るコツは…?
《7》洋画やファッション雑誌でインプット
《8》1枚絵も漫画のシーンのように制作
《9》月刊連載は「ラストの引き方」が重要
《10》健康体でないと漫画は描けない


《1》キャラクターに振り回されるネーム作り


肘原えるぼ先生(以下、肘原):新人の肘原えるぼです。『D.Gray-man』の大ファンで、先日のニコ生(※1)も楽しく拝見させて頂きました。とても緊張していますが、本日はよろしくお願いします! (※1 2016年1月21日にニコニコ生放送で放送した「ジャンプSQ.CROWN WINTER号発売直前!星野桂先生+初代担当Y氏+現担当K氏によるスペシャル座談会」のこと)

星野桂先生(以下、星野):ニコ生をご覧になって下さったんですか!どうもありがとうございます。今日は出演時の「星野BOX(※2)」で描いて頂けるかも…と思ってニコ生と同じ服装で来てみました(笑)。みなさんに役立つお話が私にできるのか心配なんですが、精一杯応えさせて頂きます。どうぞよろしくお願いします。 (※2 手作りダンボールを頭にかぶった星野先生の姿)

肘原:ではさっそく質問に移らせて頂きます。星野先生のネームの手順を教えて下さい。

星野:基本は「自分の頭の中であらすじを作る」→「担当編集さんと打ち合わせ」→「ネーム作り」という感じです。最初に1話分のあらすじを決めて描き始めるんですが、いつも全く違ったものができあがります…。本当は物語の流れを考慮した「あらすじ」通りに作りたいとは思っているんですよ。でも、そこにキャラクターを絡ませると全然違う方向に進んでいってしまうんです。自分のキャラクターなのに言うことをきいてくれない(苦笑)。でもアレンたちがどういう行動原理で動いているのかはわかっているので、キャラクターが進んでいく方向に納得ができたら、本来のあらすじを一度捨てます。そこから改めてエピソードを構築していく感じです。

肘原:キャラクターに振り回されてしまうんですか?

星野:そうです。最初のあらすじは物語としてはキレイにまとまっているんですが、キャラクターに身を任せた方がワクワクする展開になるんですよ。ただそうやってアレンたちの意思を尊重してネームを進めていくと、「ページ数が足りない!!」という事態がよく起きますね(笑)。当然ラストの終着点も全く違うものになり…。そのネームを見た担当編集さんから「打ち合わせと全然違いますね」と言われたら、ひたすら説得します。私は強情なのでだいぶ粘りますが、それでも相手に納得してもらえない部分は修正していきます。

肘原:ネームでは自分の意志を突き通した方が良いんでしょうか?

星野:新人さんだと担当編集さんに意見することは難しいかもしれませんが、最終的に自分が後悔しないようにやりきったほうが良いと思います。私は週刊連載のハードスケジュールを言い訳にネームで妥協をしていたら、当初考えていた『D.Gray-man』の物語とは方向性が少しずれてしまったんです。今でもそのことをすごく後悔していて、当時ちゃんと主張して描いておけば良かったという思いがあって…。だから、漫画に関しては強気に出ようと思っています。

肘原:ネーム段階ではどの程度絵を描きこまれていますか?

星野:現在はネームからデジタルで行うようになり、下描きとしても使えるように絵をしっかり描きこむスタイルでやっています。『BLEACH』の久保帯人先生がこの方法でネームをされていると伺い、それにずっと憧れていたんです。でも週刊連載をしていた当初はなかなか挑戦できず、作業をデジタルに切り替えたタイミングで現在のやり方に変更しました。昔は絵も簡易的で、キャラクターの顔は「へのへのもへじ」レベルだったんですけどね(笑)。

肘原:アナログの時は何にネームを描かれていたんですか?

星野:ネームを描く媒体はバラバラでした。その時に自分がネームを描きたい、もしくは描けそうだと思えるものに描いていたので、「絶対このノートに描く!」とかは決めていなかったです。スケッチブックやクロッキー帳、ある時はそのへんにあったコピー用紙の裏に描いていたこともありました(笑)。例えば「ネームはこのノートに描く!」と決めてしまうと、それが目に入るたびに「今月もネーム描かなきゃ…うわっ真っ白だなぁ…もうノートを見るのも嫌だなぁ」という気分になるんですよ。なので、もはや見たくもなくなったノートは置いておいて、別のクロッキー帳を開いて描くという方法を取っていました。

肘原:そうやってモチベーションをキープされていたんですね。ネームを描く場所はご自宅ですか?

星野:お茶の水に住んでいた頃は、ほぼこのカフェ(※今回の取材場所)で描いていました。ここは私のお気に入りのお店で、マスターがとても良い人なんです。コーヒーがとても美味しく、その上、店内の雰囲気ある間接照明が真っ白いページをセピア調のやさしい色に染めてくれる気がして…。私は真っ白い紙に向かうのはとても辛いので、紙が少しでも何かで埋まっていると安心するんです(笑)。肘原さんは白紙って怖くないですか?

肘原:白紙を前にした恐怖はよくわかります…。

星野:あと喫煙可能なお店だったので、タバコの煙が苦手な私にとって長居はできないという部分も重要でした。その分、短時間で集中してネーム作りができたんですよ。自分にとって居心地が良すぎるところだとだらけてしまうので、ネームは「居心地が良いけど長居のしづらい場所」でやるのが最適だと思っています。


《2》デジタル作業の利点


肘原:先ほど伺いましたが、現在はネームからフルデジタル作業なんですよね。

星野:そうです。でも、1年前までは紙にも描いていましたよ。CROWN創刊号に載った『D.Gray-man』第219夜の初稿ネームは、アナログとデジタル半々だったと思います。その頃は紙とデータがまざったネームを担当編集さんに見せていましたね。その後、次第に慣れていき、ネーム作業をデジタルに完全移行していった感じです。現在はWACOMの「Cintiq Companion」や最近発売されたVAIOの「Z Canvas」のタブレットを使用してやっています。「Z Canvas」はグラフィックや動画など大量のメモリを使う重たい作業もフリーズせず、スイスイと処理できる優れものなんです。私は『聖☆おにいさん』の作者・中村光先生が使用されている公式動画を見て買っちゃいました。実は私と中村先生は誕生日が同じで以前から勝手に親近感を持っていたので、「コレだ!」と即決でした。

肘原:原稿作業は「CLIP STUDIO PAINT」で作業をされているそうですが、アナログからデジタルへ移行したきっかけを教えていただけますか。

星野:元々アナログ推奨派ではあったんですが、作業環境の問題にぶち当たって切り替えました。アナログで作業していた当時は、原稿への光の入り方や机の傾斜など、自分が一番描きやすい環境を仕事場で作り上げていたんです。でもある時、自分の仕事場以外で原稿を進めなければいけない事態に陥ってしまって…。いつもと違う環境の中で原稿を描くことは想像以上に大変で、それを機に「場所を選ばないデジタルに切り替えよう」と決断しました。私は決めたら即行動するタイプなので、すぐに液晶タブレットを購入し、練習もせずにいきなり連載原稿を描き始めました。デジタルは一度挫折した経験があり、二度とPCで絵を描くことはないと思っていたくらい機械に疎いんですが、締切が迫っていたので、何の知識もなく無我夢中で入稿した思い出があります。連載中だったので、練習する時間が全くとれなかったんです(苦笑)。

肘原:デジタルへの切り替えに抵抗はありませんでしたか?

星野:移行を決断した後は、全く迷いはなかったです。デジタル作業の環境を整えるために思い切って高価な機材やソフトを購入したので、この投資したお金を無駄にしてなるものか!という気持ちがあったので(笑)。

肘原:アナログで描いていた線をデジタルで再現することに苦労はありましたか?

星野:その点は感覚がつかめず苦労しました。紙と違ってデジタルでは原稿用紙をいくらでも拡大できるじゃないですか。最初はその拡大率を考慮してなかったので、主線が想像以上に細くなってしまったりと上手くいきませんでした。いつも通りにペン入れをしていただけなのに「どうして!?」と(笑)。

肘原:ちなみに現在は何人態勢で『D.Gray-man』を作られているのですか?

星野:追込みの時などは人を増やすこともありますが、現在は私も含めて3人態勢です。季刊誌に移籍してからは時間に余裕ができたので、アシスタントは、それぞれの家からデータでやり取りするフル在宅でお願いしています。在宅の良いところは、通勤の時間を作業に充てられるという面ですね。週刊時代はアシスタントさんの交通の便を考慮して、都心に住んでいたのですが、在宅だとその必要がないのでとてもありがたいなと思います。ただ、互いに意思疎通を図るにはやはり顔を合わせた方がスムーズです。アシスタントさんとはスカイプで連絡を取り合っているのですが、こちらの意図が上手く伝わらないことも多くて、お互いに歯がゆくなることもあります。


《3》『D.Gray-man』の核は千年伯爵


肘原:『D.Gray-man』が誕生するまでにはどれくらいの時間がかかりましたか?

星野:『D.Gray-man』に限定すると、回答が難しいですね。というのも、私は新人の時から「千年伯爵」というキャラクターが登場する漫画を描きたいと思っていたんです。自分でも不思議なんですが、当時は「千年伯爵」のことをずっと考えていました(笑)。だから、どんな作品のネームを描いても、その全てに「千年伯爵」が登場していたんです。そして世に出ていないネームやデビュー作『Zone』、読切『Continue』などで千年伯爵を描いているうちに、少しずつ伯爵のキャラクターが固まっていきました。それで千年伯爵を中心に物語を考えた結果、『D.Gray-man』ができたんです。

肘原:千年伯爵が物語の核になっているんですね。

星野:そうです。だから最初は『D.Gray-man』の主人公は千年伯爵だと思って描いていたんですが、伯爵のようなおじさんは少年誌の主人公にはなれないじゃないですか。なので、伯爵は裏の主人公にして、「アレン・ウォーカー」という主人公を新たに作ったんです。伯爵のためにアレンが生まれた感じですね。

肘原:プロトタイプの読切『ZONE』から連載に至るまで編集さんとはどれくらいネームのやりとりをされましたか?

星野:1話につき2回ほどで、計6回ぐらいだったと思います。私はネームを描くのがすごく遅かったんですよ。なので、初代担当の吉田さんとは頻繁にネームのやりとりをしていたわけではなく、1本のネームが完成するまでに何度も打ち合わせをして時間を掛けていました。

肘原:その打ち合わせはどれくらいしていたんですか?

星野:1話につき5回ぐらいだったと思います。1話分のネームを描き進めて、そこで私が期限までにできないと、吉田さんが私の家まで押しかけてきて打開策が見つかるまで延々と話し合うんです。私が眠くてヘロヘロになっても、吉田さんが意地でも帰ってくれなくて…(苦笑)。

肘原:帰ってくれない…!?

星野:12時間、いい案が出るまで冷たいフローリングで話し続けたこともありました。ただその濃密な打ち合わせのおかげで、ネームは良いものが数回で完成して修正も少なかった、というわけです。

肘原:連載をやる上で、物語はどの程度まで考えられていたんですか?

星野:物語のおおまかな流れとラストシーンは決まっていました。でも連載用に考えたものではなかったんです。いつか描きたいなと思っていた物語の一部を切り取り、ネームにして担当編集さんに見せたらすぐにGOサインが出たのでとても焦りました。「よく考えて下さい!これはめちゃくちゃ長い話ですよ!?」と必死で訴えたんですが、新人の私の意見は何も通りませんでした(苦笑)。『D.Gray-man』の話の壮大さは自分でもよくわかっていたので、私はもう少し成長して力をつけてから描きたいと思っていたんです。未熟な私が描いたら、この作品はきっとダメになる…と当時は絶望していました。ただ、みなさんの応援のおかげで続くことになり、今は最初に決めた終着点にたどり着きたいと頑張っているところです。

肘原:担当編集さんとのやりとりで記憶に残っている言葉はありますか?

星野:当時担当だった吉田さんからもらったアイデアは失礼ながら「私にとってはあまり使えない」ものばかりでほとんど覚えていません(苦笑)。ですが、不思議なことにそのダメな案をいっぱい聞いていると、自分の中から良いアイデアが浮かんでくるんですよ。吉田さんのアイデアに負けるわけにはいかない、と(笑)。これは新人時代、吉田さんに「アイデアを絞り出すためなら担当編集を使いなさい」と教えられていたことが体に染み付いているからだと思います。決して私が編集さんを軽視しているわけではないんですよ。

肘原:ネームが詰まった時は今でも編集さんと話し合うんですか?

星野:はい。私はこの方法で編集さんに助けて頂くことが多いですね。例えば「アレンの奏者の唄」。この時は週刊連載だったんですが、歌詞が全く思いつかず追いこまれていたんです。それで当時の担当編集さんに「何でも良いから歌詞を3本出して」と無茶ぶりをしました(苦笑)。でもその作っていただいた歌詞を見たら、自分の中から良い案を出すことができたんです。


《4》緻密な背景はファンタジー作品に必須


肘原:コマ割りや画面作りで意識されていることはありますか?

星野:読みやすさでしょうか。よく母親から「お前の漫画は描き込みすぎて見づらい!目が疲れる…」と言われるんです。目には優しい画面じゃないことはわかっているんですがその一方、少年誌は背景や小物をしっかりと描きこんだ画面にしなくてはいけないという意識もあってバランスをとるのが難しいです。

肘原:『D.Gray-man』の画面は緻密ですよね。雑誌で読んでいてビックリしました。

星野:私はファンタジーを描いているので、背景や小物にはとても気を遣います。現代劇であれば、蛇口の形とかを読者も知っているじゃないですか。でもファンタジーはゼロベースなので、世界観を綿密に画面で作り上げないと読者に興ざめされるという恐怖感があるんです。この時代の屋根には雨どいはあるのか、この階級の屋敷にあるものは何か、など気になったら逐一スタッフと話し合っています。アシスタントさんも建築を学ばれていた方がいらっしゃって、すごくこだわって下さるんです。さらにその小道具を世界観にフィットさせるために、どの程度の汚しを施すかも考えたりして…。ファンタジー作品は地盤をしっかり固めて、読者がその世界に浸れるようにしないとダメだという気持ちがありますね。

肘原:作品の世界観はアシスタントさんと協力して作り上げられた部分も大きいんですね。

星野:そうです。世界観については全てを1人で構築したわけではないです。モノ作りが好きなアシスタントさんたちが協力してくれたおかげだと思っています。

肘原:最近では、ネアとマナの回想で出てきた麦畑がすごかったです!

星野:あの麦畑は…やりすぎました(苦笑)。植物など自然物はスタッフと私のイメージチャンネルを合わせるのがすごく大変なんです。実は私の心の中にあった麦畑の情景になるまで、部分的なものも含め、15回ぐらいリテイクを出しました。

肘原:1シーンごとにかなり力を入れられているんですね。

星野:麦畑の場合は、読者がページをめくった瞬間にあの世界へ入り込んできて欲しいという思いがあるんです。そこでハマってもらえれば、次回も読んでもらえるじゃないですか。次号も買ってもらいたいという一心で努力をしている部分が大きいです。本来はめんどくさがりや屋なので、現代が舞台ならこんな苦労しないのに…と思うこともあります(苦笑)。


《5》設定は全て頭の中!キャラクター制作手法


肘原:いま私はキャラクター作りに一番悩まされているんですが、星野先生はキャラクターをどのように作られていますか?

星野:まずは漫画では絶対描かないであろう部分までキャラクターの人生を考えるんですよ。そのキャラクターがどういう親から生まれ、どう育ち、どうやって死ぬのか…それぞれの人生の大枠を最初に粗方固めていきます。家族構成や嫌いなものなど、考えた95%は漫画には出せないんですけどね。そこまで考えないと、私はキャラクターを作れないんです。

肘原:漫画で使うのは5%だけですか!? 連載を始められる前にそれは決まっていたんですか?

星野:そうです。『D.Gray-man』は連載前にアレン、リナリー、コムイ、千年伯爵、ノアの一族などレギュラー格のキャラクターはどういう運命を歩むのかまで決めていました。

肘原:途中でアレンのイノセンスが「神の道化(クラウン・クラウン)」になるところも?

星野:途中で特別なイノセンスを身に着けるという設定はありました。自分で言うのも何ですが、登場時のアレンの対AKUMA武器は見た目も能力もカッコよくなかったですよね。それとは一線を画したスマートでカッコいいものに進化させようと決めていたんです。ただ「神の道化(クラウン・クラウン)」のデザインまでは決めておらず、物語の展開上、アレンが進化できるタイミングが来た時に必死で考えた記憶があります (苦笑)。

肘原:作られたキャラクター設定は年表みたいな形で管理されているんですか?

星野:物語の設定は紙に書きますが、キャラクターの設定は全部、私の頭の中にあります。常に頭の中でアレンたちの人生を考えていて、物語の展開に沿って基本の設定に新たなエピソードを付け足しています。私は紙に書くとダメなんですよ。一度どこかに書いてしてしまうと、それが決定事項になった感覚に陥って囚われてしまうんです。それに紙って一度書くと、後からスペースを空けられないじゃないですか(笑)。今はパソコンだとできますが、当時の私はパソコンを持っていなかったので、頭の中でやっていました。

肘原:頭の中で管理されているんですか!? それは忘れることはないのでしょうか?

星野:毎日それらの設定を反復しているので忘れはしません。常にアップデートしている状態ですね。誰かの人生を変更すると、それに影響されて他のキャラクター設定も動いてくることがあるので、そういう時は頭で管理していた方が便利だなと。

肘原:『D.Gray-man』は登場人物が多いですが、一覧表や相関図も作られていないのですか?

星野:キャラクターに関してはそういった資料はないです。ただ、キャラクターの一覧表は作らなくてはいけないとずっと思っているんですよ。頭の中で管理する方法は決して良い方法ではないと思うので…。自分の頭も痛くなりますしね(苦笑)。紙などにアウトプットした方が健康にも良いとわかってはいるんですが、私の場合、この方法が合っているみたいです。

肘原:キャラクターの性格や特徴を自然に引き出にはどうしたら良いと思いますか?

星野:先ほど言ったようにキャラクターの人生を最初に構築してみてはどうでしょうか。その作業をすると自然と性格や特徴が出てきます。こういう人生を歩んできた人だから、こんな歩き方で、食べ方はこうで、口調はこんな感じだろうと、どんどん連想していくと考えやすいと思います。


《6》魅力的な主人公を作るコツは…?


肘原:読者に好かれる「主人公」を生み出すにはどうしたら良いでしょうか?

星野:私にとっても主人公は難しいです。作品の顔になるわけですし、パッと良いキャラクターってなかなか出てこないから悩むしかないんですよね。ただ描き続けてきてわかってきたことは、キャラクターの設定や過去って実はお客さんがつく要素ではないんじゃないかなぁと。昔は主人公がこんな能力を持っていたらカッコいい!とか考えて描いていた時期もあったんですが、結局は主人公の人柄で好きか嫌いかが判断されている気がします。読者が親しみを持てるような人間味を漫画でどこまで上手く表現してあげられるかがポイントですね。人柄を好きになってもらえれば、自然とそのキャラクターを追いかけてくれると思うんです。それで後から、過去や設定に興味を持っていただけるのかなと。

肘原:アレン・ウォーカーはどのように作られたんですか?

星野:最初、アレンはAKUMAという設定で、少年の皮をかぶった女の子だったんです。見た目少年、中身が女性という設定の主人公だったんですが、初代編集さんから例え外見が少年でも、女性のアレンが泣いた時は読者のとらえ方が全然違うと言われたんですよ。「女はすぐ泣くから、女の涙では感動しないよ!」という暴言を吐かれて(笑)。当時は反射的に抵抗したんですが、次第に少年誌で女主人公を描く難しさが理解できたので少年に変更しました。

肘原:アレンは動かしやすいですか?

星野:いいえ。アレンは千年伯爵を描きたいがために作ったキャラクターなので、一番動かしづらいんですよね。伯爵はすごく動かしやすいんですけど(笑)。デビュー前はラビのような元気な主人公ばかりを描いていて、唯一『D.Gray-man』だけがタイプの違う主人公だったんです。アレンの言動は偽善的だし、自分の心を押し殺して生きている子は初めてだったので、連載が決まった時、自分の中でアレンとどうやって付き合えば良いのかすごく悩みました。

肘原:好みの主人公ではなかったということですか?

星野:そうですね。当時はキレイごとばかりを言う主人公が嫌いだったんです。でも自分が構築したアレンは偽善的なことばかりを話し続け、アレンのセリフをアウトプットする度に「何でこの子、こんなことばかり言うんだろう」と思いながら描いていたんですよね(苦笑)。自分のキャラクターなのにお互い気持ちが分かり合えなくてギスギスしていました。

肘原:最初は主人公のアレンに戸惑われていたんですね。

星野:「偽善者=嫌われ者」というイメージが強くて、主人公がそれで良いのかという迷いがあったんですよね。アレンって敵であるノアやAKUMAに対して甘いじゃないですか。八方美人の主人公はどうなのかという思いがあったんです。アレンを好きになってもらえなければ『D.Gray-man』を読んでもらえない。それで長年悩んでいたら、偶然再会した吉田さんに「アレンは最後まで偽善者でいい」とアドバイスを頂き、そこで初めて納得することができたんです。そこからは気持ちが楽に描けるようになりました。だから、アレンに関しては仲良くなるまでに8年くらいかかっています。

肘原:8年…!? それまで編集さんに相談しなかったんですか?

星野:作者の私は打ち合わせで「アレンが嫌いだ」と言うわけにはいかなかったんです。担当編集さんを困らせるだけですしね。当時吉田さんは担当を離れられていたので、雑談中にたまたま話してしまったんです(苦笑)。

肘原:苦手な主人公と粘り強く付き合った結果、今のアレンができ上がったんですね。

星野:自分に都合の良い子を主人公にするのは絶対に良くないと思います。私の場合はアレンが苦手なキャラクターだったので、和解するために彼のことをひたすら考え続けたことが良かったのかなと。なので新人さんには得意分野だけでなく、苦手なキャラにも挑戦して欲しいですね。

肘原:ちなみにキャラクターが動くという感覚はどうやったら身に付くんでしょうか?

星野:キャラクター作りと一緒で、彼らの行動原理が自分の中にストンと落ちてくるまでひたすら時間をかけて考え抜く…でしょうか。近道とか良いヒントを教えてあげられなくて申し訳ないんですが、私はキャラクターのことをひたすら考えて育んでいくと勝手に動いてくれます。なので、どんどん妄想してみて下さい!


《7》洋画やファッション雑誌でインプット


肘原:AKUMAやイノセンスなどのデザインは何から着想を得ているんですか?

星野:AKUMAに関しては卵っぽい形状から始めて、どんどん人型に進化させていこうと決めていました。だからJC第2巻で「育んでくれてどうもありがとう…」とレベル2が言っているんです。ただ細部のデザインについてはその場その場の感覚で描くことが多かったです。今はインターネットの画像検索とかで手軽に写真が見られたりしますよね。でも、当時は大型書店や図書館に資料を探しに行く必要があって…その時間が取れなかったんです(苦笑)。

肘原:AKUMAのデザインはご自身のセンスだけで描かれていたんですか!?

星野:レベル3までは自分の感性のみで描いていました。レベル4は漠然と大人の人間みたいにしようと考えていたんですが、当時の担当さんが「子供の方が怖さが増すんじゃないか」と助言を下さって子供のデザインになりました。

肘原:イノセンス(対AKUMA武器)のデザインはどうやって作られたんでしょうか?

星野:イノセンスのデザインもキャラクター設定を作る時に自然と出てきたデザインです。細部は連載しながら考えて固めていった部分が大きいと思います。というのも、『D.Gray-man』はとてもスムーズに連載が決まってしまったため、ド新人にも関わらず準備期間がほぼ取れなかったんですよ。

肘原:時間が足りなかったということですか?

星野:正直、連載前はデザインを深く考える時間がありませんでした。当時の私は1か月に1本しかネームを作れなかったんです。その状況下で週刊連載を始めることが決まってかなり焦りました。ただ「週刊少年ジャンプ」はとても厳しい雑誌だと理解していたので、『D.Gray-man』は10週で打ち切られると確信し、次回作こそはきちんと準備をしよう!とずっと心に決めていたんです。しかし幸い連載が続き、そこから本格的にデザインを詰めていくことになったわけです。

肘原:キャラクターデザインはいかがですか?

星野:キャラクターについては連載前にある程度固まっていましたが、やはり細部は描きながら決めていった部分も多いですね。そのため、自分でも無意識にデザインを間違えることがあります(苦笑)。キャラクターごとに「顎」の形が違うんですが、アシスタントさんに「アレンの顎がリンクの顎になっていますよ」と指摘されることがあったり…。私よりアシスタントさんの方がしっかりしています(笑)。

肘原:私はデザインに詰まると他のイラストレーターさんのイラストをたくさん見たりするのですが、何かを参考にされることはあるんですか?

星野:今は実写の映画とかドラマですね。あとは雑誌の「装苑」もよく見ます。ファッション系の雑誌をたくさん読んでいた時期もありますし、ゴシック系の洋画をひたすら見ていたこともあります。『D.Gray-man』でデザインに迷った時は、長年一緒にやっているアシスタントさんたちに意見を聞き、多数決で決めることが多いです。

肘原:では団服のアイデアは何かの洋画から得ているんですか?

星野:団服は違います。一番初めの団服だけはモデルとなるコートを資料として購入し、それを参考にデザインしました。


《8》1枚絵も漫画のシーンのように制作


肘原:雑誌表紙を担当されることも多いと思いますが、表紙イラストで心がけていることはありますか?

星野:表紙イラストは、その雑誌をお客さんに手に取ってもらえるかどうかを一番意識します。一番初めに読者が目にするイラストなので、まずは表紙として成立するイラストを描きたいと思っているんです。なので、自分の作品らしさが出ているかという点はあまり気にしません。といっても、これを意識できるようになったのは5年前くらいなんですけどね。

肘原:その意識を持たれたきっかけは何ですか?

星野:きっかけ…というよりは経験です。週刊時代によくダメ出しを食らっていたのでそこで随分鍛えられました。『D.Gray-man』はダークファンタジーですが、暗い雰囲気のイラストはジャンプの表紙としてはイマイチだと指摘されることが多くて。当時は編集さんから「ジャンプらしい明るい色を使って」とよく言われていたんです(苦笑)。

肘原:星野先生の表紙イラストは毎回とても素敵ですよね。

星野:ありがとうございます。でも表紙イラストを描くのは一番苦手なんです。表紙は編集部から大まかなラフを頂いて描くのですが、私は何も考えずに「格好良いキャラクターのイラスト」は描けないんです。「格好良い漫画の1シーン」なら悩まず描けるんですけど。

肘原:それは具体的にどういうことでしょうか?

星野:要はイラストのために漫画のシーンを作らないと描けないんです。例えば「CROWN 2016 WINTER」のアレンと神田の表紙はとても苦戦しました。どんな状況に置かれた2人なのか、全然思いつかなかったんです。後ろにいる神田は最初ラフでは正面向きだったんですが、「神田はどうして上を向いているのか」という疑問が出てきてしまってボツに。その後、アルマを想っている神田にしようと思いつき、下を向いている神田で決着しました。アレンの場合は、編集部の要望が勇ましい戦闘モードの表情だったので、アルマ=カルマ編で神田とアルマのために戦っているアレンを想像しながら描きました。

肘原:では、「CROWN」創刊号の表紙も描きづらかったんですか?

星野:「創刊」という明確なテーマがあったので、あの時は悩みませんでした。編集部から凛々しい表情で正面を見据えたアレンと千年伯爵のラフを頂いたんですが、個人的に創刊のおめでたい感じを出したいと思ったので、アレンに動きをつけて「こんにちは!」と言っているような構図に変えさせてもらったんです。ちなみに千年伯爵のシルクハットには「絶対に花を乗せてやる」と心の中で決めていました(笑)。

肘原:イラスト1枚を描く時にかなり考えられているんですね。

星野:本当は何も考えず「カッコイイ絵を描けるようになりたい」と思っているんですよ。自然体でそういった絵を描ける先生は、個人的にすごくうらやましいです。


《9》月刊連載は「ラストの引き方」が重要


肘原:週刊から月刊へ移籍されましたが、月刊連載で意識すべきことはありますか?

星野:私は「ラストで強い引きを作る」ということを意識しています。月刊への移籍時に担当編集さんから「1か月待ってでも読みたいと思わせる引きを作りなさい」とアドバイスをもらったんです。掲載スパンが短く、次週すぐに挽回できる週刊連載とは異なり、月刊連載では期間が1か月空きます。その間に物語を忘れてしまう読者も多いと思うので、週刊以上に1話分の内容をより濃く面白いものにしなければと思っています。例えば週刊連載だと「今週つまらなかったな」と思っても次週も読んでくれることはあるじゃないですか。でも月刊だと買い忘れたりして、その確率は低くなりますよね。今の私は季刊誌なのでそれ以上ですが…(苦笑)。

肘原:次号まで読者に待っていてもらいたい、ということを強く意識されているんですね。

星野:そうです。ネット環境が発達して娯楽があふれている昨今、1か月先まで私の漫画を楽しみに待っていてくれる読者は貴重だと思うんです。なので、その方たちを少しでも楽しませたいんですよ。

肘原:ラストの引きを作る際、構図にはこだわりますか?

星野:構図はあまり意識していないです。見開きでカッコよくいい絵が描けたとしても、物語がダメだとなんの意味もないので。たとえ小さなコマでも物語の強烈なフックがあれば良いと思っています。


《10》健康体でないと漫画は描けない


肘原:星野先生はクラウン新人漫画賞の審査員もされていますが、どのような視点で投稿作を読まれているんですか?

星野:いち読者として「楽しませて欲しい」という気持ちで読んでいます。今回読ませて頂いて感じたのは、あまり読み手のことを考えられていない作品が多いかなという印象でした。

肘原:具体的にはどんなことが気になられたんですか?

星野:例えば主人公が持つ特殊能力をタイトルにされている作品が多かったんですが、いざページをめくったら、その能力と物語が全然かみ合っていなかったんです。面白い題材を選ばれている方もいたので、その設定でどんな物語を展開してくれるのか期待したんですが、残念ながらどれも先が読めてしまいました。

肘原:物語に深みがなかったということでしょうか?

星野:そうですね。苦労して作品の題材を選んでいると思うので、もっと肝となる設定を大事に描いて欲しかったです。自分が「コレだ!」と、ときめいた設定であるならば、辛くなるくらい突きつめる必要があると思います。二転三転して他人が思いもよらないところまで考え抜いた時に得たアイデアは、その方の個性に繋がるんじゃないでしょうか。

肘原:新人の時にやっておいたほうが良いことはありますか?

星野:「体力作り」と「規則正しい生活環境作り」ですね!連載をこなす漫画家はアスリートと同じくらい体力が重要になります。私も夢中になるとつい机にかぶりついてしまうんですが、1日中、座り仕事をしていると突然ガタがくるんです。若い肘原さんにはだいぶ先のお話だとは思うんですが、徹夜をしたり、無理をして仕事ができる期間はそう長くはありません。運動が苦手でも朝起きてラジオ体操やウォーキングで体を動かし、栄養バランスのとれた食生活を送って健康な体をキープすること。特にエナジードリンクを飲むのはやめましょう!健康でないと大好きな漫画が描けません。私は身を持って知りましたから(苦笑)。

肘原:まずは私も今日から健康管理を始めようと思います!それでは最後に、漫画家を目指している新人にメッセージをお願いします。

星野:とにかく言えることは、自分の漫画を描き続けて欲しいです。いまは読切や連載を掲載する場所を勝ち取れない新人さんたちが多くいらっしゃると思います。そういう状況が続いてしまうと、将来に不安を覚えて自信を失ってしまいがちなんですが、そこで逃げず踏ん張って下さい。新人の時はプロや編集さんから「読み手のことを考えて漫画を描いて」と頻繁に言われると思いますが、私の経験上、最初は漫画を描く際に「楽しい」という気持ちが先走って、その感覚はよくわからないと思うんです。でもそこから「漫画はもう描きたくない」と思うくらい辛くても描き続けていたら、自然と読者のために漫画を描けるようになるんじゃないかなと思います。その時にきっと良い作品が描けますよ。あと連載を勝ち取るには自分を信じる強い気持ちもとても重要です。例え担当編集さんからネームを「つまらない」と言われてもへこたれず、そこで「なにくそ!」と反発して頑張らなければ、絶対に後から後悔します。何事も描き続けた先にありますので、頑張って下さい!

肘原:内容の濃いお話を伺えてとても勉強になりました。今日はありがとうございました!


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■プロフィール


●ゲスト 星野桂先生
『D.Gray-man』を2004年~2009年まで週刊少年ジャンプにて連載。その後、ジャンプSQ.に移籍。累計発行部数2500万部を突破。
●取材&マンガ  肘原えるぼ先生
ジャンプSQ.にて『ヴァニタスパレット』『HUNGER』を掲載。『ふたりぼっち戦争』を2017年~2018年に連載。全3巻発売中。


■リンク先


●ジャンプSQ.公式サイト
●ジャンプSQ.編集部公式Twitter

(C)集英社


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